雛人形とひな祭りの歴史

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ひな祭りは色々な神事・行事などが一緒になった物と考えられています。

一つは水辺の行事、巳の日祓いです。

3月の最初の巳の日にお祓いが行われ、人形の人形を船に乗せて沖に流す行事です。

これは当時の貴族たちは、3月の巳の日に疫病などが流行しやすいと考えていたので、無病息災を祈願する行事で、人形を作り、供物を添えて災いの身代わりを背よってくれますようにと、願って放流していた行事です。

その他にも、貴族の大人たちの遊びの雛遊が子供に広がり、「ひいなあそび」と巳の日祓いとが一緒になって3月3日の雛祭りがが定着したと考えられています。

雛人形は豪華さをまし、部屋に飾って楽しむようになります。

やがて、女の人を厄災から守るための身代わりになるよう、大切なものとして、3月3日のひな祭りの行事となっていきました。

雛人形のルーツは中国の「上巳」の節句と言われていて、もとは紙や、藁などで作った簡単なものでした。

田植えなど農作業が始まる季節に雛祭りを行うことで、神様をお迎えし、祭ったのも同じく農作に害となるものを祓い、身の汚れもながしすと言う意味で行われたとされています。

この用に雛祭りは、いくつか意味があり、それぞれが合わさって、雛人形や雛人形が作られたとされています。

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このページは、roomtokiwaが2014年11月21日 14:31に書いたブログ記事です。

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